波長より遥かに小さいループアンテナの動作について解説します.HFのRFIDタグ,315MHzのリモコンのアンテナ,あるいはアマチュア無線で使われるMLA(Magnetic Loop Antenna)などがこれにあたります.
二つのループアンテナ
一周が1波長程度のアンテナと微小ループアンテナは同じ形ですが,全く違ったアンテナであることを説明します.一周が1波長程度のアンテナはこの文書の対象ではありません.
一周が1波長程度のアンテナ
ループの一周の長さがほぼ一波長のアンテナはVUHF帯で盛んに用いられました.ループ形状は四角に限らず円形や三角形などが可能です.
一波長ループなので右図のようにループの右手前を流れる電流idとループの左上を流れる電流iuは、位相が逆になります. それゆえ、ループから離れた点Aでは、idから放射される電波とiuから放射される電波は強めあいます. このアンテナではループ面に垂直な方向の放射が強くなり、その放射レベルは、+2dBi〜+5dBiになります.
解析モデルの一例
これは一周が1波長程度のアンテナの解析例です. このアンテナは半波長ダイポール2本が直列になったものと考えることができ、インピーダンスは概ね半波長ダイポールの二倍の150Ω程度になります.このモデルではアンテナインピーダンスの実数部を約150Ωから50Ωに変換するガンママッチセクション[1]を含んでいますが,リアクタンス成分をキャンセルする直列キャパシタは含んでいません.それはポートインピーダンスを50-j160Ωにすることで対処しています. 上図のスミスチャートの中心は50Ωでなく 50-j160Ωに設定して表示してあります.
[1] Kraus,J.D.(11),andS.S.Sturgeon,”TheTLMatchedAntenna:’QSZ24,24-25,Septemberl940.
一周が1波長よりずっと小さいアンテナ:微小ループアンテナ
一周が波長の1/10とか1/1000程度と非常に小さい場合アンテナのパフォーマンスはとても悪くなります.この記事で説明するアンテナです.
大きさが波長に比べてとても小さいので (ループが何回巻きであろうと) 右図のようにループの手前側を流れる電流idと 向こう側を流れる電流idは同位相になります. それゆえ、ループから離れた点Aでは、idから放射される電波とiuから放射される電波は打ち消し合います. 一方点Bでは idから放射される電波とiuから放射される電波はB点までの距離が微かに違うので 打ち消されません. このため放射レベルはループの大きさに依存し,放射パターンは右図のような8の字型になります.
微小ループアンテナの等価回路
微小ループアンテナの等価回路について考えます.
微小ループアンテナは波長に比べてとても小さなループですから、 端子から見たインピーダンスZは インダクタンスと同じく、 Z=jωL で変化するはずです.しかし殆どの場合、端子間の浮遊容量だけでなく積極的に静電料料を追加して使用周波数付近に並列共振周波数を設定して使われます.
その場合、端子からみたインピーダンスZは図のように 共振周波数で極値をとります. このときもし系に損失が無ければ 端子から流れ込む電流は0で、 共振回路の内部には無限大の電流が流れるので、 アンテナのパフォーマンスが改善されます.
ところが実際の回路には損失があるので、等価回路には損失を現す抵抗Rが入ります.端子から見たインピーダンスZの周波数特性は、 図のようになります.
この損失の要因は次の三つです.
- 導体損失 Rc主に巻き線の導体抵抗に起因します.高周波での損失は直流で測定した値よりはるかに大きな損失になる場合があります.
- 誘電体損失 Rd誘電体の損失です. 空気の損失は非常に小さくほとんどの場合無視できます. ガラスエポキシ材料など一般的な基板材料は無視できない損失を持っていることがあります.
- 放射損失 Rr注入したエネルギーのうち、空間に放射されて失われる損失です. つまりアンテナの場合はこの放射損失は大きいほどよいのです.
この様子を等価回路に表現してみます.
この等価回路は並列回路なので損失が大きいとはRが小さいこと,損失が小さいとはRが大きいことということに注意して下さい. RcやRdに比べてRrが小さければ、 アンテナに注入したエネルギーがより多く空間に放射されることを意味します. また、信号源からアンテナにエネルギーを効率よく注入するためには 信号源の内部抵抗がアンテナの抵抗(RcとRdとRrの並列)と等しくなければなりません.
以上の等価回路についての検討からアンテナの設計に重要な三つの目標が理解できます.
- 共振させること
- 整合させること
- 放射損失が導体損失や誘電体損失に比べて大きいこと
共振させるには
巻き線の富裕容量を制御して並列共振回路を構成することも可能です. しかし、共振キャパシタCが浮遊容量Cfだけで実現されているとすると、浮遊容量Cfが例えば30%変化すると、共振周波数はおよそ15%変化することになります. そこで、不安定な浮遊容量Cfと、なにか安定なキャパシタCsを並列にし、Cs > 10 * Cf 程度にしておけば、Cfが30%変化しても Cの変化は3%、それ故共振周波数の変化は1.5%に収めることができます.
整合させるには
微小ループアンテナの抵抗Rは極端に大きな値になることが多いです. 例えば、10kΩとしましょう. 一方それと接続する信号源の内部抵抗はそれよりずっと低いことが多いでしょう. 例えば50Ωとしましょう.
10kΩの Rと50Ωを接続する整合回路を二素子で構成するには 次の二通りの方法があります. どちらも整合回路ですが、整合素子Ls,Cp,Cs,Lpのばらつきや実現性、 そして損失を考慮して選択しなければなりません.
上右図のCs,Lpを使う回路をアンテナと接続すると、 下図のようにLpとLは並列になるのでひとつにまとめることができ、 外付け部品はCsだけで整合回路ができたように見えます. この場合アンテナの共振周波数はL,Cで決まりますが、 それを測定することは困難です. (LとLpの並列)とCで決まる共振周波数は少しずれた値になります.
放射を大きくするには
- Rrを小さくする方法(放射損失を増やす)
- RcかRdを大きくする方法(内部損失を減らす)
放射損失を増やすには
ループを大きくします. 他の方法は?ありません.
内部損失を減らすには
導体損失を減らすには良い導体を使います.表面を滑らかにし、内部の導体組織を密にします. 特にセラミック厚膜導体や、導体パウダーを印刷する製法では高周波に対する損失は直流とは異なることに注意が必要です. 導体の断面形状も円または鋭い角の無い形が良いです.導体パターンを細くしすぎてはいけません.また鋭い曲げは避けます.
誘電体損失を減らすには 良い材料を使います. 発泡スチロールのような空気を多く含んだ材料の誘電体損失は一般にとてもよいです.セラミックやテフロンは低損失ですが高価です.基板をすべて良い材料にするのでなく集中定数キャパシタを使うのも良いでしょう.小容量のチップキャパシタに使われる低誘電率のセラミックは高周波損失に優れています.
解析モデルの例
このモデルは一周160mmのループコイルで,一周の長さは波長の16%です.315Mhzで共振させるため共振キャパシタンスとなる電極を追加してあります.
このループコイルを”アンテナ解析のガイドライン“に従って,アンテナとしての解析が可能な空間に配置してあります.
“アンテナの利得と放射効率“に従って,このアンテナの放射効率を求めてみます.
まず,モデルの電極には銅の導電率,絶縁基板にはガラエポ基板を想定した損失を設定して解析します.
次に電極をlossless
,基板のtand=0
に設定した無損失モデルを解析します.
2つのモデルのインピーダンスの虚数部をプロットすると,共振曲線の鋭さが全く違います.
この鋭さを”共振回路のQ-factor“に紹介したユーザー定義関数を使って数値化します.