sonnetを使って直線偏波パッチアンテナを設計し,それに縮退分離素子を加えて円偏波パッチアンテナにし,さらにそれを複数組み合わせて円偏波パッチアンテナアレイとした設計例を紹介します.
パッチアンテナの設計例
一点給電円偏波パッチアンテナから完全な円偏波が放射される周波数帯幅は狭く,方向も正面方向に限られます.
位相差給電したパッチアンテナペア
sonnetでの作業の様子を動画で見る
直線偏波パッチアンテナを無料のsonnet liteに入力して様々な条件で解析を繰り返しながら設計してゆく様子の動画です.
下記の設定手順のstep5までに対応しています
放射パターン,放射レベルの周波数特性,円偏波の品質などアンテナからの放射を表示している操作の様子です.
無料のsonnet liteには含まれません.
sonnetでの設計手順の解説
この例のアンテナは次の条件で設計しました.sonnetを使った設計の手順の概要を説明します.
- 周波数 2.45GHz
- 基板厚さ0.765mm 基板誘電率 4.3 (薄すぎます)
- グランド板 パッチの周囲に\(\frac{\lambda}{4}\)
- 正方形パッチでviaを介して基板裏側から給電する
ここでは操作の手順は説明しません.それらは”ソネット入門“と,”アンテナ解析のガイドライン“ そしてオンラインヘルプに従ってください.
step1-1 基板と材料の設定
[circuit][settings…]で基板と材料を設定します.この例では下図の値に設定してあります
Airの厚さはアンテナ解析のガイドラインに従って,\(\frac{\lambda}{4}\)に設定してください.
パラメータ | 記号 | 例で使用した値 | 単位 | 意味 |
基板厚さ | \(h\) | 0.735 | mm | 導体を含まない誘電率の厚さ |
基板誘電率 | \(\varepsilon_r\) | 4.3 | 使用周波数における誘電率 | |
基板誘電正接 | \(\tan \delta\) | 0.015 | 使用周波数や圧力の元での誘電正接 | |
導体厚さ | \(t\) | 0.018 | mm | 仕上がり後の導体厚さ |
導体導電率 | \(\sigma\) | \(2.9\times 10^7\) | S/m | 製造プロセスの元での使用周波数における導電率 |
導体表裏電流比 | 1 | 導体の表裏を流れる電流の比 |
step1-2 box:解析空間の設定
[circuit][settings…]でboxを設定します.[Cell size]や[Num.cells]は後からなんとでも変更できます.モデルを入力するときは[Cell size]を”1″とか”0.5″とかわかりやすい値にし,[Box size]も50mmとかにしておくと扱いやすいです.
解析するときはアンテナ解析のガイドラインに従って,[Num.cells]を”512″とか”1024″とか\(2^n\)に変更すれば良いです.
[Box size]はアンテナ解析のガイドラインに従って,アンテナの周囲に1波長の空間を確保して解析しなければなりません.
step2 パッチのサイズLを共振周波数に最適化する
パッチのサイズは概ね
\(L=\frac{c_0}{2 f_r \sqrt{\varepsilon_r}}-h \approx 29 mm\)
\(-h\)はフリンジング電 界の影響を簡易的に補正する項
ですが正方形の中心を明確にするためおよそ15mm□の正方形を4つ組み合わせて一つのパッチをモデル化したほうが扱いやすいです.
ポートはパッチの本質的な共振モードに影響を与えないように”整合しない位置“に設定してください.
パッチの寸法をパラメータLと定義し,周波数を固定してパラメータLを変化させながら解析します.
横軸をパラメータL,縦軸を\(S_{11}\)(dB)でグラフを描けば,Lの最適値が29mm程度であることがわかります
step3 給電位置 fp の最適化
パッチの寸法をパラメータLを上記で最適化した値に設定し
給電位置をパラメータfと定義し,周波数を固定してパラメータfを変化させながら解析します.
横軸をパラメータf,縦軸を\(S_{11}\)(dB)でグラフを描けば,fの最適値が6.5mm程度であることがわかります
step4 周波数スイープ
上記ではLとfをそれぞれ独立に最適化しましたが,2つのパラメータは完全に独立というわけではありません.周波数スイープもして確認してみます.
f=5.8mm, L=29.3mm程度であることがわかります.パッチ寸法Lの精度は周波数と同じ精度が必要なので,解析精度をもう少し上げたくなります.
step5 セルサイズの微細化
[Box size]を固定したまま,[Num.cells]を大きくしましょう.無料版でも2048×2048の解析が可能です.
このセルサイズでLを最適化すれば直線偏波パッチアンテナは完成です.
step6 円偏波縮退分離素子の大きさ s
円偏波への変更に当たって[Num.cells]を小さくしておきましょう.また円偏波では[Symmtry]にチェックを入れてはいけません.
パッチを切り欠いて,その切り欠きの寸法をパラメータpとします.この切り欠きを縮退分離素子と呼びます.
pを変化させて周波数sweepしてみます.
一点給電円偏波パッチアンテナのスミスチャート上の軌跡は
- pが小さい時,直線偏波パッチアンテナと同じく円を描きます.
- pが大きい時,2つの円の軌跡が交差します.
- pが最適な時,2つの円の軌跡が一点で繋がりハート型の軌跡になります.
この例ではp=2が最適な切り欠きの寸法です.
一点給電円偏波パッチアンテナでは,ハート型の軌跡を実現するよう縮退分離素子の大きさpを,目的の周波数がハート型のくぼみに一致するようパッチ寸法Lを,そのくぼみがスミスチャートの中心に一致するように給電点位置fの3つのパラメータを最適化しなければなりません.
3つのパラメータは独立でなくお互いに影響するので,一気に最適値を目指すのでなく少しずつ詰めてゆくほうが近道です.
step7 有限な大きさのグランド板の影響
有限な大きさのグランド板はグランド板自体から電波が放射されます.その様子を解析するために次のようにモデルを修正します.
グランドの影響のないモデル↓
有限な大きさのグランド板のモデル↓
パッチの周囲に1波長の空間を設ける
グランド板の周囲に1波長の空間を設ける
誘電体層の上に1/4波長の空気層
誘電体層の上下に1/4波長の空気層
[Top metal]は[Free Space],[Bottom metal]は良導体
[Top metal]は[Free Space],[Bottom metal]も[Free Space]
この例では有限なグランド板により右図の程度の変化がありました.
有限なグランド板のモデルでは,グランド板も解析するためメモリ使用量が大幅に増えます.
step8 パッチペアへの位相差給電
自前のパッチアンテナを設計するために
パッチアンテナの設計パラメータの定性的な性質を説明します.
基板厚さと材質
基板の厚さと材質でパッチアンテナの基本的なパフォーマンスが決まります.誘電率が低い基板(例えば空気)で厚さは概ね\(\frac{\lambda}{64} \sim \frac{\lambda}{16} \)に選んでください. 波長に対して薄すぎる基板, 誘電率の高い基板材料はアンテナの効率を下させます.
グランド板の大きさ
パッチアンテナはグランド導体が無限に拡がっている前提で理論付けされています.実装する場合のグランド導体はパッチの周囲に少なくとも1/4波長の余裕のある接地板を確保すべきです.
パッチの形
円であろうと正方形であろうとパフォーマンスは殆ど変わりません.直線偏波なら正方形でなく長方形でもかまいません.
整合方法
次の3つがよく使われる整合方法です.
パッチの内側にviaを介して基板裏側から給電する場合
基板の裏表にアンテナと一般回路を配置して分離することができます.
パッチの内側にパッチの切込みを介して給電する場合
基板が厚い場合,放射パターンへの影響があります.円偏波パッチアンテナでは使えません.
パッチの端部に\(\frac{\lambda}{4}\)整合トランスを介して給電する場合
基板が厚い場合,放射パターンへの影響があります.
この他,線路をアンテナの電界や磁界に結合させる方法もあります.
円偏波の生成方法
次の3つがよく使われる円偏波を生成する方法です.
一点給電
シンプルな形状だが,パッチの設計パラメータが増え,円偏波を放射できる方向,周波数の範囲が狭い.
二点給電
外部に移相器を配置する必要があるが,パッチの設計と移相器の設計を分離でき設計しやすい.厚い基板にパッチと移相器の両方を構成した場合は放射パターンに影響する可能性がある.円偏波の品質は移相器に依存する.
回転配置した複数のアンテナへの位相差給電
少なくとも2つ以上のパッチに位相差給電する回路が必要になる.各パッチの円偏波の品質は不完全でもよい.円偏波の品質は移相器に依存する.
アレイ化する場合に適する.
一点給電で円偏波を生成する場合の縮退分離素子の形状と大きさ
一点給電で円偏波を生成する場合の縮退分離素子には様々な形状がありますが,パフォーマンスに大差はありません.
参考文献
パッチアンテナの理論の概要は 電子情報通信学会『知識の森』5章 平面アンテナ にコンパクトに纏まっています.
より詳細には, 羽石 操 (著), 平沢 一紘 (著), 鈴木 康夫 (著),”小形・平面アンテナ”,電子情報通信学会,1996, 978-4885521386,
また John Daniel Kraus (著), Ronald J. Marhefka (著),”Antennas for All Applications”, McGraw-Hill Collegel, 2002, 978-0071122405 の ”9-7 PATCH OR MICROSTRIP ANTENNAS” にはより実践的な記事があります.