ボンディングワイヤの等価回路

応用

ボンディングワイヤの等価回路の近似式を紹介します.等価回路の妥当性は電磁界解析により検証してあります.これは2011年頃に検討された内容です.当時はボンディングワイヤが高速なデジタル信号の伝送に使われることの難しさから厳密な等価回路が望まれていましたが,2023年の現在ではボンディングワイヤがそのような用途に使われることは少なくなりました.したがって記事の中のモデルを現在の最新のsonnetで検証することはせず,当時のモデルをそのまま掲載しています.

結論

ボンディングワイヤの回路シミュレータ用モデル

ワイヤ長が\(\lambda / 4 \)以下の範囲では, ボンディングワイヤは単なるπ型LPFとみなすことができます. LPFの対地キャパシタンスは パッド面積\(\mathrm{S}\)がパッドからグランドまでの距離\(\mathrm{h}\)より 十分大きい場合,すなわち\(\sqrt{\mathrm{S}} \gg \mathrm{h}\)な領域では

\(\mathrm{C}=\mathrm{\frac{\varepsilon _r \varepsilon_0 S}{h}}\)

そうでない領域では概ね

\(\mathrm{C=\varepsilon _r \varepsilon_0 (\frac{S}{ h} + \sqrt{S}) }\)

で計算できます.

直列インダクタンス\(\mathrm{L}\)は ボンディングワイヤの直径\(\mathrm{d}\)とループ高さ\(\mathrm{h_L}\)から概ね

\(\mathrm{L\approx h_L(7.04\times10^{−4}\ln{(\frac{h}{d})}+3.8\times10^{−4})(nH)}\)

で計算できます.

複数のボンディングワイヤが間隔\(\mathrm{D}\)を隔てて並行している場合のボンディングワイヤ間の結合係数\(\mathrm{k}\)は概ね

\(\mathrm{k \approx e^{−1.29\frac{D}{hL}−1}}\)です.

ボンディングワイヤのSonnet向けモデル

ワイヤ長が\(\lambda / 2 \)程度までは, ボンディングワイヤを他の回路パターンと同時に Sonnetで解析することができます. その場合,図のように ワイヤ径\(\mathrm{d}\),ループ高さ\(\mathrm{h_L}\)のボンディングワイヤを 幅\(\mathrm{1.75 d}\),高さ\(\mathrm{0.85 h_L}\)のストリップ線路で 近似した構造に置き換えれば,計算時間を大幅に節約できます.

考察

ボンディングワイヤが図のように円弧を描くとすると, ボンディングワイヤを流れる電流と, そのリターン電流の経路が電流ループを構成する. この電流ループの大きさにより三つの部分に分けて考える必要があります.[1]

波長より十分小さい領域

ボンディングワイヤ自体は単なるインダクタとみなすことができ, そのインダクタンス\(\mathrm{L}\)は概ね\(\mathrm{L \propto l \log{\frac{1}{d}}}\)です.
ボンディングパッドは平行平板キャパシタンスとして計算できますが, パッドが小さい場合は周囲の漏れ電界を考慮した補正が必要になるでしょう.

電流ループが波長と同程度の領域

ワイヤ長が波長に対して無視できない周波数領域では, ボンディングワイヤのインダクタンスがワイヤ長に比例しません. ワイヤ長\(\mathrm{l=\frac{\lambda}{2}}\)となる周波数で ボンディングワイヤのインピーダンスは極大になります. おそらくその付近でボンディングワイヤからの放射も極大になるでしょう.

Sonnetによる電磁界解析で ボンディングワイヤの特性を知ることは可能ですが その伝送特性は周波数に強く依存し, 広帯域の伝送路としては使用できないでしょう.

電流ループが波長より大きな領域

電磁界解析では,ボンディングワイヤの形状をきちんと再現する必要があり Sonnetでの解析は難しくなります.

たとえ解析ができたとしても, 伝送特性と放射は製造上のばらつきにも強く依存し, 狭帯域の伝送路としても使用できなくなるでしょう. バンプか,あるいは別の特別なフィードスルー構造を 検討しなければならないでしょう.

Sonnetでの解析範囲の検討

以上の考察をSonnetの解析結果で確認します.

右図のボンディングワイヤモデルは

  • ループ高さ\(\mathrm{h_L=1mm}\),
  • 基板厚さ\(\mathrm{h=1mm}\),
  • ループ長\(\mathrm{l=約3mm}\)

  • 25GHzではワイヤ長\(\mathrm{l=\lambda /4}\)
  • 50GHzではワイヤ長\(\mathrm{l=\lambda /2}\)

になります.

このボンディングワイヤの\(\mathrm{Im(Z)}\)は 概ね25GHzまでは周波数に対して直線的に変化しており, その領域ではインダクタンスとみなすことができます. そして 60GHzに並列共振点があり,この周波数ではボンディングワイヤは もはや伝送路として使うことができません.以上の解析結果から

  • ワイヤ長が\(\mathrm{\lambda /4}\)以下の領域では等価インダクタンスを
  • ワイヤ長が\(\mathrm{\lambda /4 \sim \lambda /2}\)程度の領域では共振周波数を

調べれば ボンディングワイヤの電気的特性を十分把握できるはずです.

λ/4以下の領域での等価インダクタンスの導出

単独のボンディングワイヤのインダクタンス

  • ワイヤ径を\(\mathrm{d=10um,31um,100um}\)
  • ループ高さを\(\mathrm{h_L=100um,316um,1000um}\)

と変化させてそれぞれ30GHzまで解析しました
いずれの場合も20GHz程度まで インピーダンスは周波数に比例していることが確認できます.

右図は ループ高さ\(\mathrm{h_L}\)とワイヤ径\(\mathrm{d}\)に対する 15.9GHzでの\(\mathrm{Im(Z_{11})}\)をプロットしたグラフです. 15.9GHzでは\(\mathrm{Im(Z_{11})\approx0.01\cdot L(nH)}\)なのでグラフからインダクタンスを容易に読み取ることができます.

このデータから近似式

\(\mathrm{L\approx h_L (7.04\times 10^{-4} \ln{\frac{h}{d}}+3.8\times 10^{-4})(nH)}\)

が得られます

結合したボンディングワイヤの結合係数

グラフは

  • 二つのワイヤの間隔\(\mathrm{D}\) をループ高さ\(\mathrm{\frac{h_L}{5}}\) から \(\mathrm{5 h_L}\)まで
  • ループ高さ\(\mathrm{h_L}\)を\(\mathrm{100\mu m}\)と\(\mathrm{316\mu m}\)に変化させた結果です.

結合係数\(\mathrm{k=\frac{Im(Z_{21})}{Im(Z_{11})}}\) なので,このデータから近似式

\(\mathrm{k\approx e^{-1.29 \frac{D}{h_L}-1}}\)

が得られます

λ/4からλ/2の領域でのSonnet向け簡易モデル

階段近似モデル

上記のSonnetの解析モデルでは 円弧を描いたボンディングワイヤを, 右図のように 階段状のモデルで近似しました. 円弧を\(\mathrm{\frac{\pi}{2N}}\)毎の角度で分割し, 円弧に内接する階段と外接する階段が考えられますが, 上記の検討では\(\mathrm{N=5}\)の外接モデルを使いました.

しかし多数のボンディングワイヤを同時に電磁界解析するためには 実用的な解析時間で解析できるようにモデルを単純化する必要があります.

以下ではこの階段近似モデルの妥当性を検討し, より単純なモデルを求めます.

並列共振周波数

\(\mathrm{N=1,2,3,4,5}\)で,しかも外接,内接の場合で解析してみると 並列共振周波数は最大\(\mathrm{\pm 10 \% }\)変動します.

特に\(\mathrm{N}\)が小さいとviaの長さが波長に対して無視できない長さになるので Sonnetの解析モデルでは原理的に誤差が大きくなってしまいます.

インダクタンス

同様にインダクタンスも最大\(\mathrm{\pm 10 \% }\)変動しました. \(\mathrm{N=1}\)で外接するモデルは最もインダクタンスが大きく, \(\mathrm{N=2}\)で内接するモデルは最もインダクタンスが小さい結果になりました.\(\mathrm{N}\)が大きい時は概ねその中間に収束します.

右図のように ループ高さ\(\mathrm{h_L}\)に対して, 高さ\(\mathrm{0.85 \cdot h_L}\), 長さ\(\mathrm{2\cdot 0.85 \cdot h_L}\) の形状で近似すると 解析負荷を大幅に小さくしながら, 階段近似による誤差を最小にすることができます.

円形ワイヤとリボンワイヤ

Sonnetで円形断面の導体モデルを扱うことは 現実的ではありません. もし断面が波長より非常に小さければ, 円形の断面と等価なリボン断面の導体に置き換えることができます.例えば文献[2]によると 円形断面の導体のインダクタンス\(L_{round}\)と リボン状断面の導体のインダクタンス\(L_{ribbon}\)はそれぞれ

特に簡単のために\(\mathrm{k=2}\)とする場合もあります. これによる誤差は \(\mathrm{d=0.001(cm)}\)のとき \(-1.8\%\),  \(\mathrm{d=0.01(cm)}\)のとき\(-2.5\%\)に過ぎません.

文献