概要
Sonnetは、解析モデルのポート付近の電磁界の乱れ(不連続とかDiscontinouslyと呼びます) を、 測定器の校正とよく似た方法で取り除いています. 測定器の校正では、Open Short Loadの三つの標準器を測定してコネクタの不整合を取り除きますが、 Sonnetの校正(以下De-Embeddingと呼びます. )では、Sonnetが自分自身で標準器のモデルを作り出し、それを解析してポートの不連続を取り除きます. この文書では、Sonnetが作り出す標準器を積極的に制御して解析効率を高める方法と、 De-Embeddingの限界を説明します.
de-embeddingが使うcal standard
Sonnetではde-embeddingのために使う標準器をCalibration standardと呼びます. 測定器のCalibration standardは、Open Short Loadの三つの既知のデバイスですが、 SonnetのCalibration standardはSonnet自身がその都度作り出します. 例えば、 右図の問題を解析するとき、Sonnetは次の二つのモデルをCalibration standardとして作り出し、そしてそれぞれを解析します.
standard #1 | standard #2 |
つまり、Sonnetは実際には、ユーザーが与えたモデル以外に、自分自身が作り出したCalibration Standardも解析しているのです.
以上の説明は、de-embeddingの仕組みを理解していただくための概要です.現実のSonnetは、boxサイズ以外の条件も加味してcal standardの長さを決めます.例えば、最低解析周波数における0.2波長、あるいは少なくとも8セル以上の長さになるように、そしてもちろん整数個のセルと等しい長さになるようにcalstandardの長さが決定されます.
de-embeddingの問題点
Sonnetが解析するCalibration Standardの数は、場合によっては2つでなく8個とか32個とか、特にポートの数が多い場合には 非常に多くなります.特にComponentをたくさん使っているときにSonnetはcomponentの端子一つ一つについてDe-embeddingを実行します. もしかすると解析時間の殆どがCalibration Standardの解析に費やされているかもしれません. この場合は、Calibration Standardの生成をSonnetに任せず、明示指定することで全体の解析時間を大幅に早めることができます.
de-embeddingの別の問題点は、de-embeddingをすることで最終的な結果がより ”信頼できない”ものになってしまう場合があることです. BOX共振が起こっているとか、基板の厚さが1/4波長を越えているとか、Calibration StandardがTEM線路でなくなってしまうような状況下で De-embeddingは ”誤った結果”を出してしまいます.これは実験時に測定器の校正でも起こることです. この場合Sonnet Professional版では、"De-embeddingをしない”ようにオプション指定することができますが、 Sonnetの他のグレードではこのオプションが使えません.
de-embeddingが解析効率を損なっている例
コプレーナ線路
コプレーナ線路は、その広いグランド導体が解析効率を損ねる場合が多い典型的な問題です. 1.son このプロジェクトを解析して、解析時間の詳細なログを見てください.
De-embed left box wall: First de-embedding standard, left box wall: 6.6 mm length, 251 subsections, about 2 MB.Time: 0.296 seconds. Second de-embedding standard, left box wall: 13.2 mm length, 482 subsections, about 5 MB.Time: 0.844 seconds. De-embed right box wall: First de-embedding standard, right box wall: 6.6 mm length, 251 subsections, about 2 MB.Time: 0.297 seconds. Second de-embedding standard, right box wall: 13.2 mm length, 482 subsections, about 5 MB.Time: 0.828 seconds.
ログには左と右の壁に配置されたポートをde-embeddingするために4つのCalibration standardを解析したことが記録されています. この場合の4つのcalibration standardは下図の4つです. 全体の解析時間は2分9秒のうち、 これらの解析に無視できない時間がかかっていると思われます.
次に 1a.son を解析してください.解析時間は約半分の1分5秒になりました. 変更した箇所は
- 第一に[Circuit]-[Ref Planes/Cal Length]で、左右の壁にあるポートについて Use fiexed cal.lenth を3.2mmに指定しました.これは基板厚さの2倍です. これによってより短いcalibration standardが生成されるようになります.
- 第二にport1とport2の寸法を統一しました.実は以前のモデルではport1とport2の寸法がほんの少し(見た目ではわからない程度) 違っていました.Sonnetはその違いに気づいて、それぞれのportのためのcalibration standardを別々に作っていました. 完全に同一の寸法ならcalibration standardは次の2つで十分です.
グラフは二つのモデルの解析結果です.殆どの周波数で完全に一致していますが、6GHz付近で違いがあります. これは(時間のかかったほうの)前のモデルではポート2の寸法が非対称だったために、この周波数付近の共振が二つに分かれているのです. つまりde-embeddingの違いによるものではありません.
この例では、ポートの寸法を統一することと、calibration lengthを明示的に指定することで解析時間を半分にできました. コプレーナ線路ではポート面に接した広いグランド電極が、calibration standardにも再現されるので、 de-embeddingに時間がかかる傾向があります.したがってこの例のように少しの工夫で解析時間を短縮できる可能性があります.
非常に太いAutogroundedポート
これは3.5GHzのパッチアンテナです. 二つのモデル 2.sonと 2a.son は非常によく似ていますが、ポート付近を拡大すると 2a.sonのポートはパッチ電極と重なり合った小さな2セルの電極に取り付けられていることがわかります.
2.son | 2a.son |
2.sonでは、幅10mmの線路をcalibration standardに使うのに対して、 2a.sonでは幅0.4mmの線路を使います. 結果的に解析時間は1分51秒と1分24秒の違いになります. あまり大きな差ではないかもしれませんが、 この問題でより重要なのは結果が食い違うことです. より現実に近いのは 2a.sonです.これはちょうど中心導体が0.4mmかそこらの同軸コネクタをパッチ電極の端部に接続した状態を再現します. 一方 2.sonは、 幅10mm厚さ0.2mmの板状の中心導体を持った同軸コネクタ(そんなものは無い)をパッチ電極の端部に接続した状態を意味しています.
この例では、まったく同じ電極形状にもかかわらず、de-embeddingの時間と解析結果が違ってしまいます. calibration standardは、”ポートが接続されている電極の幅で生成される”ということを知っていれば、この問題を理解することができるでしょう.
非常に多くのComponentsとco-calibrated port
右のモデルは、三つのcomponentを含んでいます.解析ログを見ると例えば
De-embed Component C1: Component C1 Main Std: 130 subsections, about 4 MB. Time: 0.203 seconds. Component C1 Left Std 1: 3.5 mm length, 51 subsections, 3 MB. Time: 0.063 seconds. Component C1 Left Std 2: 7 mm length, 97 subsections, 4 MB. Time: 0.078 seconds. Component C1 Right Std 1: 4.7 mm length, 61 subsections, 3 MB. Time: 0.062 seconds. Component C1 Right Std 2: 9.4 mm length, 117 subsections, 4 MB. Time: 0.109 seconds.
c1に関して5つのcalibration standardを解析しています.3つのcomponentがあれば全部で15個のcalibration standardを生成し、解析しています. componentの数が多いと、このde-embeddingに必要な時間はどんどん増えていきます.
component propertiesダイアログで、cal lengthはデフォルトでautoになっていますが、これを小さな値、例えばセルサイズの10倍程度に設定すると、 calibration standardが短くなり、その解析に要する時間も短くなります. この効果はco-calibrated portやcomponentの数が多い場合に顕著です.
de-embeddingが誤った結果を出す例
de-embeddingが誤った結果を出す場合、de-embeddingをoffにできます.
真のグランドが存在しないアンテナ(ダイポールアンテナ,逆Fアンテナなど)
ダイポールアンテナは、de-embeddingをするべきでない典型的な問題です. 3.sonはde-embeddingをしているモデルで、 3a.sonは, de-embeddingしていないモデルです.
二つの結果は殆ど一致しますが、1〜1.5GHzで 3.sonのS11は明らかに正になっていて、 何かの間違いが起こっていることがわかります.
この原因は、Bottomがポートから1/4波長より離れたところにあるため、calibration standardに使われる線路がTEM線路とみなせないことです. アンテナのモデルではポートからBoxのBottomまでの距離は1/4波長に設定してあります. これはcalibration standardがTEM線路と みなせるかどうかのぎりぎりのところなので、S11は0を少し超えただけでした. しかし、基板の誘電率が高かったり、BoxのBottomまでの距離を大きく設定したときは、 より大きな誤差を生じることがあります. これは測定器の校正でも起こります.同軸やマイクロストリップの校正キットの設計周波数を超えて校正すると, それらの線路がTEM線路とみなせなくなり、致命的な誤差を生じるのです.
[Analysis]-[Setup]でAnalysis Setup ダイアログを開き [Advanced]ボタンをクリックして、[De-Embed]のチェックをはずせば、 De-embeddingをしなくなります.
Thick Metal
右図の問題は単なるマイクロストリップ線路です.この問題のdB(S11)は -∞(dB)にならなくてはなりません.ところが Thickmetalを使ったモデルでは dB(S11)> -40(dB)程度になることがあります.
右のグラフで桃色のプロットのex1はThickmetalを使わないモデルで dB(S11)< -90dBです.ところが 青いプロットのex1tはThickmetalを使ったモデルで dB(S11)<
-40dBです.
-∞dBになるべき問題で、-40dBという結果は競合製品と同等ですが、Sonnetのパフォーマンスとしてはとても悪い数値です.
原因はThickmetalの導体モデルを構成する側面のviaがDeEmbeddingスタンダードとして使えないことです.Thickmetalがportに直結された場合、sonnetはDeEmbeddingスタンダードの線路をThickmetalに良く似た、しかしviaを含まない線路で代用します. この方法は致命的な誤差を生む事はありませんが、特にDeEmbeddingスタンダードの長さが1/2波長に近づくにつれ、誤差が増大します.
右の図は平行結合線路を使ったバンドパスフィルタの
モデルです.細い結合線路が狭い隙間を介して結合しているので、導体の厚さが結合係数に影響します.この部分にはThickmetalを使う価値がありますが、各ポートとBPFを結ぶ50Ω線路の導体厚さは結果に影響ないはずです.
しかしこの部分にThickmetalを使うと、DeEmbeddingによる誤差が微かに生じます. 右のグラフの青でプロットした bpf dB(S11)は3.5GHz付近で dB(S11) > 0dBになっています.また、その付近S21の動きも不自然です.
この現象に対する対策は二つあります.
- ポートに直接繋がる線路にはThickmetalを使わない
- ポートに直接繋がる線路にはThickmetalを使う場合にはDeEmbeddingスタンダードの長さを1/8波長程度以下に指定する.
この
モデルでは誤差が大きく現れるように50Ω線路の長さを約1/2波長の長さにし、その分をDeEmbeddingスタンダードに指定してあります.
50Ω線路にThickmetalを使わないモデル bpf1では、この現象は起こりません.