2009年6月30日
石飛
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シミュレータの選択
電磁気学的な立場から、RFIDシステムは次の表のように二分されます.
13.56MHzとUHF(near fieldとfar field)
135Khz,13.56Mhz | UHF 900Mhz, 2.45Ghz |
電磁誘導方式 | 電波方式 |
Near field | Far field |
近傍界 | 遠方界 |
通信距離はアンテナの大きさと同程度 | 通信距離は波長の数倍から数100倍 |
13.56MhzのRFIDシステムは 電磁誘導方式、あるいはNear fieldとか近傍界の通信方式と呼ばれます.900Mhzや2.45GHzのシステムとは解析方法やシミュレータの選択が違います.
電磁界解析で解析できる部分
電磁誘導方式では、リーダー側とタグ側の通信条件を解析するためには、リーダー側とタグ側のアンテナを同時に含めた電磁界解析が必要です. 電波方式では、リーダー側とタグ側のアンテナはそれぞれ別個に解析します.
どちらの場合も電磁界解析で解析できるのは、図の灰色の部分だけです.
- RFIDシステム全体の解析には電磁界シミュレータ以外に 回路シミュレータが必要です.電磁界シミュレータの解析結果を回路シミュレータが理解できる等価回路やパラメータに変換する機能も必要です.
- アンテナやタグだけの解析には電磁界シミュレータだけで十分ですが、 解析結果のよしあしを判断する基準をもっていなければなりません.
各種高周波電磁界シミュレータの特徴
高周波電磁界シミュレータには大きく二つの分類があります
二次元系(2.5次元とか,平面3次元とか呼ぶ) |
三次元系(2.5次元とか,平面3次元とか呼ぶ) |
ここでいう2次元とか3次元の判断は 見た目でなく波長との比に依存します.
例えば Suicaを考えます.
13MHzでは波長20mです.
カードの大きさは55mmx85mmx0.7mmです.x,y,zすべての寸法は波長に対してはるかに小さいので、このカードは 0次元です.
次にもしカードが2.45GHzで動作すると仮定してみましょう.
2.45GHzでは波長120mmです.
カードの大きさは55mmx85mmx0.7mmですから、z寸法だけが波長に対してはるかに小さいので、このカードは 2次元です.
さらに同じカードが60GHzで動作すると仮定してみましょう.
60GHzでは波長5mmです.
カードの厚さすら波長に対して無視し難いので3次元のシミュレータが必要です.
いつも波長との比で考えてください. すると身の回りのほとんどの構造が波長でみると2次元以下なことに気づきます.2次元の問題を3次元のシミュレータで解析すると多くの時間、メモリ、費用を消費し、精度も2次元シミュレータより低下してしまいます.
二次元系(2.5次元とか,平面3次元とか呼ぶ) | Sonnet | 適用周波数範囲が広くダイナミックレンジが広い.13MHzでも使用できる |
A1社M | 設計環境やCADとの親和性が良い | |
三次元系(2.5次元とか,平面3次元とか呼ぶ) | A2社H | 複雑な周波数特性の問題、厳密なポート定義に優れる |
C社Mなど | 時間軸での複雑な応答に適する |
2次元系と3次元系の高周波電磁界シミュレータはさらに、
それぞれ二つのカテゴリに別れ、それぞれのカテゴリで代表的な製品が
販売されています.
しかし
高周波電磁界シミュレータにとって
13Mhzは
あまりに低い周波数です.
適用周波数範囲の広いSonnetだけが事実上13Mhzを解析できます.
無料版による13Mhzタグの解析例
無料のSonnetLiteでも解析できるように設定した 13Mhz RFIDタグのモデルが 無料版:例題にあります.
この例題は右図の、網のかかった部分の右側、 タグの導体パターンだけのモデルです. 等価的にここにはコイルとキャパシタが含まれます.
周囲の余裕について
ソネットで13Mhzのコイルを解析する場合、コイルの直径と同程度の余裕を周囲に確保してください.
コイル周辺の磁界は概ねその範囲に収まります.
もし複数のコイルを解析する場合、複数のコイル全体の大きさと同程度の余裕を周囲に確保してください.
ポートと端子対について
高周波電磁界シミュレータではポートと端子は厳密に区別されます. Sonnetのモデルで右図のように導体上にポート[1]が配置されているとき
それは導体に微かな切れ目があって、 その切れ目の左右がそれぞれ[+]端子,[-]端子であるという意味です. 13MHz RFIDではタグICの端子が接続される端子です.
Sonnetの解析結果はこの端子から見たインピーダンスやアドミタンスや反射係数で示されます.
結果の解釈
解析結果のグラフから等価回路を導出すると、 回路シミュレータとの連携が容易になります. 13MhzのRFIDではπ型が適しています. グラフの凡例の上で右クリックし[Outpu]-[PI-Model-File]を選んでください.
.subckt SON7_3 1 GND C_C1 1 GND 36.80876pf L_L1 1 GND 3636.827nh .ends SON7_3
等価回路はSPICEの書式で表示されますが、 SPICEのマニュアルを読まなくても、この記述が 3.6uHのコイルと37pFのキャパシタをあらわしていることは容易に想像できるでしょう.
3.6uHのコイルはSonnetが想定している高周波では、ありえない異常な値なのでデフォルトの状態では、無視されます. [Model Options...]ボタンをクリックしてください.
Lmaxを10000に設定しておけば、10uHまで無視されず表示されます. 同様にRmaxも 100000程度にしておいたほうがいいかもしれません.
これで、網のかかった部分の右側、 タグの導体パターンから 等価的なコイルとキャパシタが明らかになりました.
しかしここでは導体や基板の損失を無視しました. 無料版で制限されている解析規模ではそれらを含めることはできません.
製品版での13MHzタグ解析例
損失や角Rを含んだ13MHzタグの解析例
このモデルでは 導体を18umの銅に設定し、導体の角に面取しました. また、解析に使用するサブセクションをより精度の高い設定にしました. 解析に必要なメモリは63MBで、製品版のSonnet Level2 basicが必要です.
解析結果を見ると、無料版での損失を無視したモデルに比べて、 周波数特性が滑らかなことがわかります. また共振周波数も少し高くなっています.
.subckt SON4_3 1 GND C_C1 1 GND 36.89002pf L_L1 1 2 3611.647nh R_RL1 2 GND 1.823288 .ends SON4_3
πモデルファイルを見ると、コイルと直列に1.8Ωの抵抗が表れています. これが周波数特性が滑らかになった原因で、 この抵抗分が増えれば増えるほど通信が困難になります.
電流分布を観測すると、製品版での解析結果(左図)では、 一本の導体パターンの中で電流が内側か外側に偏って流れていることがわかります. 無料版での解析結果(右図)では、導体パターンのなかの電流はほぼ一様です.
電流が偏ると損失が増えます.また外側に偏ればインダクタンスが大きく、内側に偏ればインダクタンスは小さくなり、共振周波数が変化します. したがって、電流分布は重要ですが、右側の無料版ではこれらを再現するための解析規模が許されないのです.
重なり合ったタグ
重なり合ったタグや、タグとタグの間に磁性体シートを挟んだ構造では 多くの層を使用するため Sonnet Professional版が必要です.タグが重なり合うと 複数の共振点が現れます. タグ単体で13Mhzに共振していても、重なり合ったタグに現れる 複数の共振周波数は13MHzではなく、 周囲のタグとの結合度によってずれた周波数に現れます.
タグとリーダーの解析例
以下にリーダーとタグの両方を含んだ解析例を示します. この解析は多くの層を使用するため Sonnet Professional版が必要です. この例ではリーダーとタグ相互の結合を知ることができます.ここで紹介するモデルのリーダー部分には、右図のように
- (わざと歪めた形状の)リーダーコイル、
- リーダーコイルに接続されたチップキャパシタ、
- リーダーコイルを収めた金属筐体、
- その影響を低減させるフェライトシート(図には表示されていない)
磁界分布
リーダコイルの周りの磁界分布の表示を望むかたが多いです. Sonnetで磁界分布を観測するには、高抵抗の導体でできた微小ループコイルを多数配置します. ループコイルに流れる電流は鎖交磁束の変化に比例し、しかも高抵抗のコイルなので電流は小さく、周囲の場に影響を与えません. したがって微小ループコイルに流れる電流から磁束の分布を知ることができます.
右図はその一例で、リーダーコイルを覆うように多数のループコイルを配置してあります. 各ループコイルは独立していて一辺4.68mm線路幅0.26mm導体は14.7Ω/sqなので、このループの抵抗は 4.68 * 4 / 0.26 * 14.7 =1058Ω 約1kΩ、面積は約 (4.68 - 0.26)^2 = 20mm^2 です. コイルの起電力は V=A * dB/dt で、流れる電流は I=V/R.ここにA=20mm^2,R=1kΩ です.
右の図は モデルの微小ループの高さを変化させて、その都度解析した結果の電流分布を画像処理プログラムで合成したアニメーションです. リーダーコイル正面で電流密度が高く(つまり磁界が強く) その周囲に不感帯とよばれる磁界の弱い帯状の部分が取り巻いている様子が見えます. また不感帯の右上の部分にリーダーコイルの形状に起因する不感帯の乱れも表れています.
この解析はリーダーの周囲の通信範囲をビジュアルにおおまかに知ることに適していますが、次のような問題もあります.
- 解析効率が悪く、解析時間やメモリの使用量が大きい
- 直感的な結果がえれられるが、設計に生かす数値が得にくい
- タグコイルは微小ループコイルよりはるかに大きいので、微小ループによる結果はかならずしも通信可能範囲とは一致しない.
伝達アドミタンスの相互位置依存性
このモデルでは、右図のようにタグコイルとリーダーコイルの相対位置を ofs_x, ofs_y, ofs_z という変数で表現しています.(ofs_zは図示されていません). 変数で表現された値は、自動的に変化させながら解析できます.
右図は例えば、ofs_xを変化させてその都度13.56Mhzでのアドミタンスパラメータをプロットしたグラフです.
タグをずらしてゆくにつれ現れる不感帯が伝達アドミタンスの明確な数値として得られます.
このデータは微小ループによる磁界でなく、より現実に近いタグコイルとの結合度です.
この方法で得られるY,Z,Sなどの2端子対パラメータには、タグとリーダーコイルの電気的な関係が完全に表現されていますから
システムの設計検討に必要な数値パラメータを得ることができます.
しかし、4端子パラメータを使った回路解析は大学卒業以来一度もやったことが無い人が多いでしょう.
タグとリーダーを含めた等価回路の導出
タグとリーダーを含めたモデルでも等価回路を導出すると、回路シミュレータとの連携が容易になります. 等価回路の抽出のためにはモデルを少なくとも二つの周波数で解析しておかなくてはなりません. その結果をグラフ表示して、グラフの凡例の上で右クリックし[Outpu]-[PI-Model-File]を選んでください.
等価回路にはその周波数付近でのリーダーコイルとタグコイルの電気的な振る舞いが完全に含まれています. 等価回路はタグの場合の何倍も複雑になりますから、もはや人が理解することは難しいです. このままコピーしてSPICEに渡してください.
Sonnetが抽出した等価回路は,人が理解するためのものではなくSPICE回路シミュレータに与えるための回路です. 等価回路の構造は無数に考えられます. 人が等価回路を考えるときには、その人が理解しやすい回路構造を無意識に選びます. Sonnetも抽出しやすい等価回路構造を機械的に抽出します. Sonnetの抽出した等価回路構造は人が理解するには非常に難しいものになります.
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