IEEE MTT Magazine, Dec2000,pp.60-67に掲載された sonnet社の社長James C.Rautioによる記事の要約
An Investigation of Microstrip Conductor Loss 要約
イントロダクション
一般にマイクロストリップ線路の導体損失は√fに比例すると近似されることが多いが、 これに従えば直流での損失は0になってしまう. 従って明らかにこの近似は周波数の低い領域では間違っている. これを"Ohm meter paradox"と呼ぼう.高周波での導電性
√f近似は表皮深さδが√fの逆数に比例する
エッジ特異性も良く知られている.良導体を流れる電流は、導体の辺に沿って集中して流れる.
高周波での遷移
マイクロストリップ線路の導体厚みが表皮厚さδの二倍と等しくなる周波数fc2
数値計算による確認
簡単な数値計算を行った.図1はモデルで導体は純金である.
図1 数値解析した線路の断面:基板はGaAsにpolyimideのパッシベーションをかけている.実際の線路ではpolyimideの厚みは全体に7umである.polyimideのtandは0.005,GaAsは0.0005.
図2 計算した単位長あたりの抵抗分.一般的な√f近似法と並べてある.
このモデルではfc2=363Mhzである.これ以下では損失は周波数に依存しなくなる.しかしよく見ると、10MHz以下でもなお損失は減少している.
可視化による確認
電流分布の観測は高周波の設計においてしばしば現象の理解のための良い方法である. 図3は図1のマイクロストリップの400MHz,40MHz,4MHzでの電流分布を示す. 400MHzでさえ、強いエッジ特異性が見られる.セルサイズを0.4umで計算したとき、 中央部と端部の電流の比は2.9であった.40MHzですらエッジ特異性は見られ, 4MHzでそれはやっと無くなる.
以上で"Ohm meter paradox"を説明する二つの現象を見てきた. ひとつは低い周波数では表皮深さの二倍が導体厚さと等しくなること. もうひとつは、 エッジ特異性が無くなり、導体の幅全体に渡って電流分布が均一になること. このとき線路導体は単純な抵抗体と同じく電流はその断面に均一に流れる.
ではエッジ特異性が無くなる周波数はどこだろう?
R=単位長あたりの抵抗(=1/(σwt),w=幅(m),t=厚さ(m))(Ohm/m) L=単位長あたりのインダクタンス(=Zo/v,v=伝播速度(m/s))(H/m)これは経験的にそれらしく見えるが、Maxwellの方程式から正しく導かれたものではない.
高い周波数の問題
図2 で5GHz以上でsonnetの結果 と√fモデルが一致しなかった問題が残っている. 高い周波数では√fモデルよりも早く抵抗分が増加していた.
この問題はマイクロストリップ線路の周波数分散として説明できる. マイクロストリップの特性インピーダンスと伝播速度は周波数に依存する. 当然電流分布も周波数に依存し、電流分布が変われば抵抗分も変化する.
3GHzから20GHzまでの抵抗分の上昇は√fモデルよりも22%大きかった. マイクロストリップの下面導体中央の電流は上面導体のそれより11%増加していた. つまり高い周波数では図1の線路の下面導体に電流が集中するのである.
実測による確認
図1の断面の6888um長のGaAs線路を実測した. この線路は まず全長の1/32の長さのモデルをsonnetで電磁界解析し、 次にsonnetのネットリスト(図4)で32倍にした.
図4 sonnetのネットリストは215.25umの線路を32個接続して6888mmの線路を得る. それぞれのGEO線路は電磁界解析される.しかし電磁界解析は一回しか行われず、同じ結果を32回使う.
このような縦続接続では誤差が累積するので、sonnetのde-embeddingに使うセルサイズは注意深く小さく選んだ.
図5 6888um線路の結果. 測定値の平均と解析値はどこでも2σ以下(部分的には1σ)で一致している. (サンプル数N=8)
図5は測定値と解析値を示す. 測定は CascadeMicrotech150um GSGプローブ を使い HP8510C の SLOT校正と 基準面を移動するde-embeddingを行った.
測定は4つの独立したサンプルに関してS12とS21の両方を測定し平均値を出した. さらにグラフには2σをプロットしてある. この2σは製造ばらつきと測定の再現性を示すことになる.
計算には物理的な測定とDCで測定された抵抗だけが使われ、高周波での測定とは独立に行われた. 測定と計算とを一致させるための”調整された”抵抗値や物理パラメータは使われていない.
ここでの考察は、 表面や側面の荒れを全く考慮していない. 表面粗さは、それが表皮深さと同程度のオーダーであれば重要である. また側面の荒れは表皮深さと同程度のオーダーでなくてはならない.
これらの結果は接地導体が完全導体であるとみなしている. 接地導体の電流分布には特異性が無い. 有限な接地導体ではいくらか損失が増加するだろう.
損失モデルの実装
fc1,fc2は実際の設計には無視できるほど低い周波数であると感じたかもしれない.しばしばそれは正しい.だが、熟練した設計者にとってはそれは例外に過ぎない.
ここでの9um厚のGaAs基板ではfc2=363MHzであったが、 これは1/t2に比例することに注意してほしい. 1um厚の線路ではfc2は実に29GHzになってしまう.
fc1は抵抗の設計に重要である. 抵抗はfc1以下の周波数で抵抗として動作する. fc1付近の周波数では抵抗値は設計値よりも大きくなってしまうだろう. 例えば 1x107S/mの抵抗体を0.1um厚,100um幅なら1Ω/□でfc1=6.4GHzである. 設計の精度によってはこの抵抗を3GHz以上で使うには注意が必要だろう.
fc1>fc2となる条件は導電率とは無関係で
- t
- 導体厚さ
- w
- 導体幅
- L
- 単位長あたりのインダクタンス(=Zo/v,v=伝播速度(m/s))(H/m)
- μ
- 導体の透磁率(=μo=4πx10-7)(H/m)
この条件は、低インピーダンスの薄い誘電体で起こりやすい. 例えば実行誘電率3で、線路幅8um、導体厚さ2umの5Ω線路では fc1=10GHzでfc2=7.3GHzである.
時として線路の厚さが線路の幅よりも大きい場合がある. この場合 電流の多くは導体の上下面よりも側面を流れる. 厚さが幅より薄い限り、この損失モデルは正しい. もし厚さと幅が同程度ならば電流は4面を流れ、 より洗練された4面導体モデルを使うことができるだろう. 一方、Appendixで説明する等価抵抗を使う等価な1または2面モデルも開発された.
むすび
マイクロストリップ線路の損失に関する振る舞いを3つの領域に分けて考えた. もっとも低い周波数では、電流は断面全体に一様に流れる.
中間周波数では、エッジ特異性によって電流は線路の端部に集中し、抵抗分が増加する.
もっとも高い周波数領域では、電流は導体の上面と下面に分かれて流れる. そうして一般に認識されている√fモデルよりも高い抵抗を示す.
謝辞
測定データはM/a-COMのMike Ashman,Art Durhamそして Brian Weaverから提供された. 彼らの繰り返し測定によって製造ばらつきと測定再現性の評価ができた.
このことに特に感謝する.
RF Globalnet General Forumの多くの関係者からの洞察力あるコメントや質問はこの論文に多くの貴重なインスピレーションを提供した.
Inder BahlとJim Merrillの詳細な意見と提案は貴重であった.
日本語版 追加
この文書は sonnetのWeb に掲載されている "An Investigation of Microstrip Conductor Loss" の要約です. 原文の付録に関しては日本語版には含まれていませんので原文を参照してください.
この文書で取り上げられている解析モデルは
線路モデルとそれを
32本接続したネットリストです.
図5に示された 測定の品質は非常に優れたもので、このレベルの実験には 非常にレベルの高いエンジニアの多くの時間と高価な測定器と費用が必要です. それを節約するためのモデルが、これほどシンプルで短時間でシミュレーションできるか試してみてください.
sonnetの導体パラメータは
- incremental inductance ruleを用いた通常のマイクロ波回路シミュレータ
- √fモデルを意識した他の電磁界シミュレータ
とも異なるため、わかり難いとのご指摘が多いです. そこでsonnetの 導体パラメータを算出する エクセルのシート を作ったのでご利用ください
ソネット日本支店
石飛
tovy@ieee.org